名前 | アリ ミカエル コイヴネン (ARI MIKAEL KOIVUNEN) |
生年月日 | 1984年6月7日 |
出身 | コウヴォラ市、現在ヘルシンキ市内在住 |
職歴 | レストラン系、カラオケホスト、DJ及びバーテンダー |
趣味 | 音楽、ビリヤード、ポーカー、スケボー、ヘビメタルカラオケ |
好きな食べ物 | 豆のスープ |
好きな飲み物 | 食事と一緒なら、牛乳 |
好きなテレビ番組 | シンプソンズ |
好きな映画 | コメデイ映画のBAD TASTE |
好きな本 | IRON MAIDENのRUN TO THE HILLS、FEAR AND LOATHING IN LAS VEGAS |
(映画があまりにもよかったから本も読んだ) | |
好きなマンガ | GARFIELD |
(マンガを読んでいるうちに自分があの猫になっている気分になる) | |
ドナルドダック | |
好きな靴のメーカー | VANS |
好きなアーテイスト | IRON MAIDEN、RAINBOW,DEEP PURPLE、DIO,PROFANE OMEN、HELLOWEENなどなど。。。 |
(あまりにも好きなアルバム、曲がたくさんあって、リストを書き始めるときりがないので、まだ後から書くよ。) |
ISO A |
ISO A と呼ばれるアリ。透き通る声の持ち主のアリは、世界カラオケ大会からフィンランドIDOLS大会まで出場した。ヘビーロック、メタルは6歳のころから聞き始めているアリ。小学生でドラムやほかの楽器も操り、最後はボーカルとなる。これからのアリは、フィンランドメタル界に自分の名を刻み込んでいく。 |
活発なスポーツ少年、そしてスケボードラマー |
アリは子供のころは、コイヴォラという小さな町で暮らしてた。彼は、活発、元気そして熱心なスポーツ少年だった。“やることはすべてやったが、飽きやすい性格だった”とアリはいう。小学校のころは、特にアイスホッケーを熱心にプレーしてた。中学校に入ると、そのエネルギーはスポーツから音楽、ドラムへ移った。“初めてのコンサートはヘルシンキにある公民館で行われた。そこでメタリカのカバーをやった。コンサートのタイトルが「白夜」、僕たちの番が午前2時からだった。帰りたくっても帰れない状態だった“
音楽をやりながら、アリは、ピンポンとビリヤードそしてスケボを楽しんでいた。メタリカのほかには、アリはSLIPNOTやNAPALM DEATHも好きだった。中学校の後は、バンドのギター担当の友達について、グラフィック系の学校にいったが、興味が湧かなかった。 |
歌が歌えるビリヤードプレイヤー |
18歳のときに父親に家から追い出され、アリはラハティにいるおばあちゃんの家に引っ越した。数年ほど、父親とはあまり口をきく事もなかったが、今では。。。“最高の関係だ”と話すアリ。いろんな勉強もはじめたアリだったが、いまいちやる気も起こらず、ビリヤードとポーカを真剣にやり始めた。そして、バーで仕事を見つけ、カラオケというものに出会った。 |
歌い勝ち抜くアリ |
友達に誘われて出た近場のカラオケ大会に出場、見事に勝った。「僕の恩師であるROYAL TRAMPSのヴォーカル、ヤースカ ヴィテイカイネン(JASKA VITIKAINEN)に“君は歌手だ!”と初めて言われた時に、自分の才能に気がついた。次に友達は、アリをポップロックカラオケ大会に出場させた。開催側のスタッフがDVD装置を操るに困ったいるときに、僕が助言してヘルプすると、2週間後にカラオケ関係の仕事に携わらないかと誘われた。最初は、なんて最高!と思ったのは、好き放題歌える、そしてお酒は飲めないけど、コーラなどおそらく飲み放題、そしてその上給料ももらえる!と。。。しかし、最高どころか、1ケ月もたたないうちにお酒も飲み始めてた。(笑)」
アリの才能を信じる友達たちは、2005年に彼をフィンランドカラオケ大会に出場させた。アリは、WHITESNAKEを見事に歌って、優勝を手にいれた。そして、フィンランドのヘイノラで行われたカラオケ世界大会では、3位となった。 「大会の一日前にベットから落ちて、両膝を強く打ち痛めた。痛みがあるほど、歌い叫ぶこともでき、足を結局モニターにあげた。」 アリはこの大会の後にすぐ、タイの津波の被害者のためのコンサートにも呼ばれた。アリが6歳以来の海外への旅となった。“タイではアイドルスのころと同じようなハードなスケジュールが組まれており、自分の時間はほとんどなかった。人と文化に少し触れることができた。バンゴックに殆ど滞在しており、プーケットでもPRコンサートを行った。すべてのお金は寄付され、テレビ放送もされ、国王の娘も会場に来られていた。僕は、BOHEMIAN RHAPSODYを歌い、みんなでWE ARE THE WORLDを歌った。一生忘れることのない思い出となった。“ タイから冬のフィンランドに戻り、アリも仕事に戻った。2006年もまた、カラオケ世界大会に再度出場したが、調子もあまりよくなく、10位以内に終わった。それからバンド活動の話もあったが。。。それ以上のこともなかった。 |
IDOLS |
そして、IDOLS。友達に連れていかれ、参加した。“最初は、サーカス状態のところに、恥をかきたくないと思ったが、こんなところまで来てしまった。大会中にいろんな事があり、いろんな事も学んだ。この業界でやっていく事はどれだけ大変な事か、精神的に強くいないとやっていけない。大会のレベルも今回高く、才能のある人ばかりだった。”ポップ系大会に参加をしてヘビーを歌う事こそ、ロックへの信念ではないか“とアリは言う。 |